ルカ福音書 12章35~40節 キリストの再臨を待ち望む

2026年1月12日

(内容)

  • 婚宴に出かけた主人が帰ってきてドアをたたいたとき、すぐにドアを開けることができるように待っているしもべは幸いである。キリストは思いがけないときにl来られるので、目を覚まして備えをしておくことが大切である。

(黙想)

  • イエスはたとえを語った。たとえの中で主人が婚宴に出かけた。主人の帰りは夜遅くなりそうである。主人がいつ帰ってきてもいいように、主人が帰ってきて戸をたたくときにすぐに出迎えることができるように目を覚ましているしもべは幸いである。主人が真夜中に帰っても、夜明けに帰っても目を覚ましているのを見られるしもべは幸いである。「目を覚ましている」という言葉が繰り返されていて、キーワードになっている。
  • 主人は自分を出迎えたしもべを食事に席に着かせ、主人が給仕するという。これは主人を出迎えた褒美である。それほどまでに主人を喜ばせたのであろうか。しもべが主人を出迎えるのは当たり前である。このような食事の主人が用意するというのは驚きである。
  • 家の主人は泥棒がいつ来るかわかっていれば押し入らせない。いつ来るかわからず、用心が手薄になるので泥棒に入られる。そしてキリストがいつ来るかわからないので、用意していなさいと教えられる。要するに、キリストが再臨されるので、いつ再臨してもいいように備えをしておきなさいという教えである。目を覚ましていなさいと付け加えられていてもよい。終末におけるキリストの再臨への備えの必要を教える。キリストが到来するとそこでキリストによる裁きが行われる。
  • どんな備えをすればよいのか。ルカ福音書は、この備えについて何を書いているのか。調べることは必要だ。終末への備えを語る箇所を確認してみよう。
  • イエスの再臨についてルカは他の箇所でも書いている。

ルカ 9:24~26
自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを救うのである。人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の身を滅ぼしたり、失ったりしては、何の得があろうか。わたしとわたしの言葉を恥じる者は、人の子も、自分と父と聖なる天使たちとの栄光に輝いて来るときに、その者を恥じる。

ルカ 21:25 ~28
「それから、太陽と月と星に徴が現れる。地上では海がどよめき荒れ狂うので、諸国の民は、なすすべを知らず、不安に陥る。人々は、この世界に何が起こるのかとおびえ、恐ろしさのあまり気を失うだろう。天体が揺り動かされるからである。そのとき、人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗って来るのを、人々は見る。このようなことが起こり始めたら、身を起こして頭を上げなさい。あなたがたの解放の時が近いからだ。」

  •  キリストの再臨に対して、目を覚ましていなさいと教える箇所もる。

ルカ 21:34~36
「放縦や深酒や生活の煩いで、心が鈍くならないように注意しなさい。さもないと、その日が不意に罠のようにあなたがたを襲うことになる。
その日は、地の表のあらゆる所に住む人々すべてに襲いかかるからである。
しかし、あなたがたは、起ころうとしているこれらすべてのことから逃れて、人の子の前に立つことができるように、いつも目を覚まして祈りなさい。

  • 今日の聖書は、キリストの再臨に備えよと告げる。ルカは繰り返し、キリストの再臨の時が来ると語る。目を覚ましていなさいと繰り返し語る。
  • 現代人のキリスト者にとって、終末とか、キリストの再臨はすぐに信じることができるとは限らない。絵空事に思えるのである。しかし聖書が告げる信仰の世界は、人間の思考が作り出した世界ではない。聖書は、メッセージを告げる。それを信じるのが信仰である。聖書は神による救いの計画を語る。それを信じるのが信仰である。
  • それ故、聖書が告げるメッセージの内、信じることができるものは信じるが、信じることができないものは信じないという態度、自分が信じることのできるものだけ信じるという態度では、真に信仰の世界に生きることにはならない。
  • しかし聖書が告げるメッセージをすべて同時に信じることができるわけではない。すぐに信じることのできるものもあれば、すぐには信じがたいものもある。終末の事柄は、信じがたい方に属すると思われる。終末には神の計画が完成するという意味がある。神の計画を知ることは信じるためには大切で必要なことtなる。そこには完成というものがある。

(聖書に聞く)

☆神はいかなる方か
  • <御子>御子キリストは再臨する方である。
☆神が私たちに求める生き方
  • <勧め>キリストの再臨がいつあってもいいように、目を覚ましていること。

(神の導き)

☆祈り
  • 天の父なる神さま、今日も聖書を思いめぐらすことができて感謝します。キリストの再臨について、どう受け止めたらよいのかと考えました。またあなたは何を私に伝えようとしておられるのか、思いめぐらしました。キリストの再臨を待ち望むようにとあなたは語りかけてくださったと信じます。まずはキリストの再臨を信じ、待ち望みます。待ち望む信仰を与えてください。忍耐をもって、喜びをもって待ち望むことができるように導いてください。
  • 祈る時、最初に「忍耐をもって、喜びをもってキリストの再臨を待ち望みます」と告白します。待ち望む信仰が確かにされるよう祈ります。
☆与えられた導き
  • キリストの再臨を待ち望むことができるように祈る。

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