ヨハネ福音書 3章16~21節

2019年6月17日

(内容)

  • 独り子を信じる者は永遠の命を得るが、信じない者は滅びる。独り子が来たのは、裁くためではなく世を救うため。御子を信じない者は光よりも闇を好んだ。そのこと自体が裁きとなっている。

(黙想)

  • 独り子を信じる者が一人も滅びないでとある。「滅び」があることを示される。僕は滅びについてはあまり語らない。滅びとは何かが必ずしも明確ではないから。そして滅びを語ることは人を脅迫しているように思えるので、語ることに慎重になってしまう。しかしイエスは滅びを語っていることは確かである。新約聖書は滅びについて何と語っているのか、チェックしてみたい。
  • 御子を信じる者は裁かれず、信じない者は既に裁かれている。これはこの世においてである。信じない者は光よりも闇を好んだ。闇を好む生き方から生まれる人生は、裁かれた歩みに他ならない。それは神の祝福を失った人生だから。
  • 真理を行うことは光のもとに行くことである。それは神に導かれた歩みである。真理はヨハネ福音書で大切な言葉である。イエスご自身、「わたしは真理である」と語っている。真理を行って生きるか、否か。そこで人の生き方が別れる。イエスを信じるとは、真理を行うことである。真理を行わない人は、イエスを信じていると言っても、それは口先だけのことになるのではないか。イエスを信じるなら、真理を行い、光の方へ行く努力をすべきである。
  • 光が来たのに人々は、その行いが悪いので、光より闇を好んだという。人々はなぜ、行いが悪く、闇を好んだのか。それは悪魔、サタンの存在が関係してくる。この世は、ある意味、悪魔が支配しており、人々は悪魔の支配下に生きている。だから行いが悪く、光より闇を好むということができる。
  • この世の人は自分が悪魔の支配の下にあるとは考えない。自分は自由に生きていると言うだろう。でもイエスはそのようには言わない。闇を好むことは悪魔の支配の下に生きていることに他ならない。イエスを信じる者は、光の方に行く。真理を行う。それは神の導かれていることを示している。

(聖書に聞く)

☆神はいかなる方か
  • (御父)16節。神は独り子を与えるほどに世を愛された。つまり私たち人間を愛された。
  • (御父)17節。神は世を救うために、独り子を世に遣わされた。世の人々を救おうとする神の意志、それは神の愛の表れである。
☆神が私たちに求める生き方
  • (約束)16節。独り子を信じる者には永遠の命を得ると約束されている。
  • (警告)16節。独り子を信じない者は滅びる可能性がある。
  • (教え)18節。御子を信じない者は既に裁かれている。つまり神の救いを得て生きることがないからである。
  • (教え)19節。光のもとに生きるか、闇の中に生きるか、二つの生き方がある。闇の中を歩む者は、光の中を歩まないことで救われないで生きる。それが裁きである。
  • (命令)21節。イエスを信じる者は、真理を行い、光の方に行くべきである。それは神に導かれていることであり、救われて生きることだから。

(神の導き)

☆祈り
  • 天の父なる神さま、独り子を信じない者は滅びる可能性があることを知ります。滅びについて説教で語ることはなかなかしません。一つには滅びとは何かが、明確ではないからです。しかし聖書が滅びについて語っていることは確かです。滅びに目を背けるのではなく、聖書が語る滅びについて、目を向けたいと思います。特にイエス様が滅びについてどのように語っているのか、聖書に聞いてみたいと思います。
  • また独り子を信じる者は、真理を行い、光の方へ行くとあります。真理という言葉はヨハネ福音書において、大切な言葉です。この真理について、イエス様はどのように語っておられるのかをまとめてみたいと思います。その上で、自分が真理を行う者であることを確認します。私のアイデンティティーは真理を行う者であることを確認したいと思います。
☆与えられた導き
  • 4つの福音書で、イエス様が滅びについてどのように語っているか調べる。
  • ヨハネ福音書で、イエス様が、真理についてどう語っているか調べる。真理を行うとは何かを明確にする。

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滅びについて
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  • イエスは、新約聖書は「滅び」を語るが、滅びが何かは語っていない。
  • 滅びは肉体の死ではなく、肉体の死を越えた人間の滅びである。

「滅び」について

マタ 7:13
「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。

マタ 10:28
体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい。

マル 16:16
信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は滅びの宣告を受ける。

ルカ 9:25
人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の身を滅ぼしたり、失ったりしては、何の得があろうか。

ヨハ 3:16
神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。

ロマ 9:22
神はその怒りを示し、その力を知らせようとしておられたが、怒りの器として滅びることになっていた者たちを寛大な心で耐え忍ばれたとすれば、

一コリ 1:18
十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。

二コリ4:3
わたしたちの福音に覆いが掛かっているとするなら、それは、滅びの道をたどる人々に対して覆われているのです。

エフェ 4:22
だから、以前のような生き方をして情欲に迷わされ、滅びに向かっている古い人を脱ぎ捨て、

フィリ 3:19
彼らの行き着くところは滅びです。彼らは腹を神とし、恥ずべきものを誇りとし、この世のことしか考えていません。

二テサ 1:9
彼らは、主の面前から退けられ、その栄光に輝く力から切り離されて、永遠の破滅という刑罰を受けるでしょう。

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真理について
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  • イエスは真理である。イエス様は真理を語る。聖霊は真理の霊である。
  • 信仰者は真理に属し、真理を行い、真理によって自由とされ、真理によって聖別された存在である。

1.イエスご自身が真理である

1:14
言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理とに満ちていた。

ヨハ 5:33
あなたたちはヨハネのもとへ人を送ったが、彼は真理について証しをした。

ヨハ 14:6
イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。

2.信仰者と真理

(1)信仰者は真理を行う。

ヨハ 3:21
しかし、真理を行う者は光の方に来る。その行いが神に導かれてなされたということが、明らかになるために。」

(2)信仰者は真理を行う者として父を礼拝する。
ヨハ 4:23
しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。なぜなら、父はこのように礼拝する者を求めておられるからだ。

(3)真理は信じる者を自由にする。

ヨハ 8:32
あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする。

(4)信仰者は真理に属する

ヨハ 18:37
そこでピラトが、「それでは、やはり王なのか」と言うと、イエスはお答えになった。「わたしが王だとは、あなたが言っていることです。わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た。真理に属する人は皆、わたしの声を聞く。」

(5)信仰者は真理によって聖別される。
(信仰者は真理に属し、真理を行うことによって、他の人と区別される)

ヨハ 17:17
真理によって、彼らを聖なる者としてください。あなたの御言葉は真理です。

ヨハ 17:19 彼らのために、わたしは自分自身をささげます。彼らも、真理によってささげられた者となるためです。

3.イエスは真理を語る。

ヨハ 8:45
しかし、わたしが真理を語るから、あなたたちはわたしを信じない。

ヨハ 8:46
あなたたちのうち、いったいだれが、わたしに罪があると責めることができるのか。わたしは真理を語っているのに、なぜわたしを信じないのか。

4.聖霊は真理の霊である

ヨハ 14:17
この方は、真理の霊である。世は、この霊を見ようとも知ろうともしないので、受け入れることができない。しかし、あなたがたはこの霊を知っている。この霊があなたがたと共におり、これからも、あなたがたの内にいるからである。

ヨハ 15:26
わたしが父のもとからあなたがたに遣わそうとしている弁護者、すなわち、父のもとから出る真理の霊が来るとき、その方がわたしについて証しをなさるはずである。

ヨハ 16:13
しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。

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