2026年1月22日
(内容)
- イエスは地上に火を投じるために、地上に分裂をもたらすためにこの世に来られた。
(黙想)
- 49節。地上に火を投じるとはどういうことか。それは地上に分裂をもたらすことと同じなのか。またその火がすでに燃えていたらとどんなに願っていたかとある。どういうことか。意味がわからない。
- 50節。イエスには受けるべき洗礼があるという。これについてはマルコが参考になる。
マルコ 10:37~38
二人は言った。「栄光をお受けになるとき、わたしどもの一人をあなたの右に、もう一人を左に座らせてください。」
イエスは言われた。「あなたがたは、自分が何を願っているか、分かっていない。このわたしが飲む杯を飲み、このわたしが受ける洗礼を受けることができるか」。
- この洗礼は、イエスが受ける苦難を指すと考えられる。
マタイ 20:18~19
「今、わたしたちはエルサレムへ上って行く。人の子は、祭司長たちや律法学者たちに引き渡される。彼らは死刑を宣告して、
異邦人に引き渡す。人の子を侮辱し、鞭打ち、十字架につけるためである。そして、人の子は三日目に復活する」。
- このイエスの洗礼は、火を投じること、分裂をもたらすことと関係があるのか。
- イエスがもたらす分裂は、家庭内の分裂である。イエスがもたらす分裂は、家族という絆を壊す。イエスがもたらすのは福音である。福音を信じるか信じないか、家族の中でも結果は異なる。信じる者がいれば、信じない者もいる。そしてこれは分裂をもたらすという。なぜ分裂になるのか。
- この段落を包む文脈は、神の裁きが根底にあるように思える。イエスを信じるか信じないか、で神の裁きの結果が異なる。福音は分裂をもたらすということか。
- イエスは地上に火を投じるために来た。その火がすでに燃えていたらいいという。どういうことか。イエスはなぜ、分裂の話をしたのか。わからないことだらけである。
- イエスを信じることが家庭内の分裂をもたらすとしてもイエスを信じることが勧められているのか。 これ以上考えてもわからない。
(聖書に聞く)
☆神はいかなる方か
- <御子>イエスには受けるべき洗礼がある。これはイエスの受難を指す。その頂点は十字架の死。
☆神が私たちに求める生き方
- <勧め>信仰を貫くこと
(神の導き)
☆祈り
- 天の父なる神さま、聖書を思いめぐらすことができ感謝します。でもこの箇所は理解困難でした。この箇所を理解するために、注解書と説教を読んでみたいと思います。
☆与えられた導き
- 注解書と説教を読む。
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注解書を読んで
- この箇所は解釈が分かれる。あるいは「~かも知れない」という説明がある。
- 意味が明確でないので、導きを求めることはやめにする。