ルカ福音書 10章17~20節

2018年7月9日

(内容)

  • イエス様によって派遣された72人が帰ってきて、宣教報告をします。するとイエス様は、「悪霊があなたがたに服従するからといって、喜んではならない。むしろ、あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい」と言われた。

(聖書に聞く)

☆神はいかなる方か
  • (御子)20節。御子は、宣教の成果を誇ることより、自分の名が天に書き記されていることを大切と考える方。

☆神さまが私たちに求める生き方

  • (教え)20節。成果を誇るのではなく、自分の名が天に記されていることを喜ぶこと。本当に喜ぶべきことは救いに入れられること。
  • 名が記されるのは「命の書」と言われます。

「今、もしもあなたが彼らの罪をお赦しくださるのであれば……。もし、それがかなわなければ、どうかこのわたしをあなたが書き記された書の中から消し去ってください」(出エジプト記32:32)。

「その時、大天使長ミカエルが立つ。彼はお前の民の子らを守護する。その時まで、苦難が続く/国が始まって以来、かつてなかったほどの苦難が。しかし、その時には救われるであろう/お前の民、あの書に記された人々は」(ダニエル書12:1)。

「なお、真実の協力者よ、あなたにもお願いします。この二人の婦人を支えてあげてください。二人は、命の書に名を記されているクレメンスや他の協力者たちと力を合わせて、福音のためにわたしと共に戦ってくれたのです」(フィリピ4:3)。

「しかし、汚れた者、忌まわしいことと偽りを行う者はだれ一人、決して都に入れない。小羊の命の書に名が書いてある者だけが入れる」(ヨハネ黙示録21:27)。

(神の導き)

☆祈り
  • 天の父なる神、イエス様に遣わされた72人の弟子たちが帰ってきて、宣教報告をしました。「主よ、お名前を遣うと、悪霊さえもわたしたちに屈服します」。弟子たちは悪霊が屈服したことに驚きと感動を覚えたことと思います。イエス様に喜んで報告しています。神の国を宣べ伝えたことに誇りを感じたことと思います。
  • 福音を宣べ伝えなさいと命じられた人は、成果を上げることを求めます。成果が上がらなければ、自分は何をしているのだろうと考えますし、自分の力不足、不甲斐なさを感じます。成果が上がってこそ、あなたの委託に応えているとの喜びを覚えることができます。かつて受洗者が生まれなかったとき、自分の力不足、祈りの不足を思い、嘆いたことも、自分を責めたこともあります。逆に伝道の成果を上げた人たちが、おごり高ぶり、不祥事を起こしたことも知っています。
  • 自分の名が天に記されていることこそ喜ぶべきことだとイエス様はおっしゃいました。これは宣教のために最善の努力を惜しむことを弁護する言葉ではありませんね。最善の努力はしますが、成果は誇らない、気にしないのですね。救われているゆえに、感謝の応答として福音を告げ知らせる務めを与えられています。最善の努力をすることに喜ぶのですね。
  • 昨日は、説教奉仕の日でした。しかし週末は西日本豪雨のために鉄道が運休になっていました。日曜日はたして行けるのかどうか、分かりませんでした。どうなるのかわからないので、説教原稿をメールで送り、これを代読していただくことにしました。日曜の朝まで、天気予報をずっと気にしながら説教の準備をすることはしんどいですし、早めにどうするか決断をするほうが、教会にとってもよいのではないかと判断しました。でもこの判断が本当によかったのか、不安でしたが、今日の聖書を読んで、最善の努力をしたのであれば、よしとしてよいと教えられました。説教の準備には最善の努力をしました。代読という形であれ、福音を伝えることができたのであれば、それでよしとしてよい、とあなたからの仰せと受けとめ、心をおだやかにします。感謝します。
☆与えられた導き
  • 不安を捨て、心をおだやかにする。

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