2026年3月19日
(内容)
- ヘロデがイエスを殺そうとしているとの知らせがイエスに届けられた。しかしイエスは、自分の進む道を進まなければならないと答えた。
(黙想)
- 中心聖句:わたしは今日も明日も、その次の日も自分の道を進まなければならない。預言者がエルサレム以外で死ぬことはあり得ないからだ。
- 31節。ヘロデが登場する。彼はガリラヤの領主である(ルカ3:1)。彼がイエスの活動を聞くと、会ってみたいと思った(ルカ9:9)。しかしこの箇所では、ヘロデはイエスを殺そうとしている。そのことをファリサイ派の人々がイエスに伝えた。ファリサイ派の人たちはイエスの身を心配したのか。ヘロデの心境の変化についてはルカ福音書は語らない。
- 32節。イエスはヘロデのことを「狐」と呼ぶ。人を形容する言葉としては、否定的な意味合いが強いと思われる。イエスは「わたしは今日も明日も悪霊を追い出し、病気を癒やし、三日目にすべてを終える」とファリサイ派の人に語り、このことをヘロデに伝えなさいと命じる。悪霊を追い出し、病人を癒やすことをイエスは行ってきた。「三日目にすべてを終える」とは、十字架の死と三日目の復活を指している。
- 33節。イエスは今日も明日も、自分の道を進まなければならないと語る。そして預言者はエルサレム以外で死ぬことはないと語り、ご自分の死に言及する。「預言者がエルサレム以外で死ぬことはない」との言葉はどのような根拠に基づいた言葉なのか。イエスは、エルサレムで預言者として死ぬことを覚悟している。
- 34節~35節。エルサレムの人々は預言者を殺してきた。神のもとに立ち帰ることを拒んできた。神は何度もイスラエルが神のもとに立ち帰るように繰り返し預言者を送った。雌鶏がヒナを羽の下に集めるようにと、神がイスラエルを救いに招くことがたとえで語られる。そこには神の愛がある。しかしイスラエルは拒み続けたので、イスラエルの家は見捨てられるとイエスは宣言する。
- 「主の名によって来られる方に、祝福があるように」と言うときが来るまで。誰が言うのかが、曖昧である。それはいつなのか。終末の時のように思える。
- ルカ19章でイエスがエルサレムに向かっているとき、人々は、「主の名によって来られる方に、祝福があるように」と神を賛美している(19:37~38)。このとき、ファリサイ派のある人々は、賛美する群衆を黙らせるようにイエスに語っている。これはイエスに対する賛美が、ローマに対する反抗に見えるかもしれないので、ファリサイ派の人々は黙らせようとしたのだろう。
- イエスはご自分の道をまっすぐに進むし、終末の時には、イエスがメシアであることがはっきりすると示される。メシアを拒むイスラエルは見捨てられる。
- イエスは迫害の死を恐れることなく、徹底して自分の使命に生きる。ルカはイエスの十字架の死は迫害の死という位置づけであり、贖いの死という理解はない。贖いの死と理解するマタイ、マルコでは、イエスは十字架の上で悲惨な叫び声を上げている。ルカにおいてはイエスは、「父よ、私の霊を御手にゆだねます」と大声で叫んで息を引き取っている。
- 徹底して使命に生きるイエス。神に立ち帰ることを徹底して拒むイスラエル。人間は強情である。アメリカ、イスラエルとイランの間での戦争。両者ともに強情である。平和を得ることはできない。そんな強情な者を救おうとする神。神の救いの招きに答えない者は見捨てられる。
(聖書に聞く)
☆神はいかなる方か
- <御父>神は雌鶏がヒナを羽の下に集めるように、イスラエルの民を立ち帰るように招く。神は預言者を用いる。
- <御子>御子もまた、イスラエルの救いのために神から遣わされている。ヘロデがイエスを殺そうとしているとの知らせが入ってもイエスは、自分の道を歩む。
☆神が私たちに求める生き方
- <模範>イエスは徹底して神から与えられた使命に生きる。
- <警告>救いのメッセージを拒まないこと。自分の信じられることは信じるが、そうでないことは信じないという態度は強情である。神に対して心を開くことが大切である。
- <警告>イエスを拒む者は、再臨の時、イエスに出会う。
(神の導き)
☆祈り
- 天の父なる神さま、聖書を読んで、自分はどこにいるのかと考えました。主イエスの側に立って、福音を宣べ伝える立場にいるのか。雌鶏がヒナを羽の下に集めるとき、ヒナとしてその羽の中に行こうとしているのか。それとも聖書から聞こえてくるメッセージに対して心を閉ざしていることはないのか。自分はどこにいるのでしょうか。どれもが当てはまるかもしれません。
- 老いの中にある者として、親鳥の羽の下に集められるヒナのように、あなたのもとにあって、平安を与えられたいとの思いがあります。また説教する機会が与えられているので、まっすぐに福音を伝えたいです。今日は、説教原稿の推敲をしたいと思います。
☆与えられた導き
- 説教原稿の推敲をする。