ローマ 15章14~21節 キリストの働き

2026年3月10日

(内容)

  • パウロはパウロを通してキリストが働き、福音宣教の働きをすることができた。パウロは神のために働くことを誇りに思っている。

(黙想)

  • 中心聖句:18~19節

18~19節
キリストがわたしを通して働かれたこと以外は、あえて何も申しません。キリストは異邦人を神に従わせるために、わたしの言葉と行いを通して、
また、しるしや奇跡の力、神の霊の力によって働かれました。

  • 14節でパウロはローマの信仰者たちが、互いに戒めあうことができると確信していると述べる。そしてパウロは自分の働きについて理解してもらおうと自分のことを書く。
  • パウロは神から恵みを受けて(15節)、異邦人にキリストを宣べ伝える使命を与えられた。パウロは自分を祭司と理解し、キリストを信じた異邦人を神に喜ばれる供え物としてささげる働きをしており(16節)、その働きを誇りにしている(17節)。キリストがパウロを用いて働かれ、異邦人がキリストを信じるようになったからである(18~19節)。パウロは、エルサレムからイリリコン州まで福音を伝えたと自分の働きを語る(20節)。
  • パウロはキリストの名が知られていないところで福音を告げ知らせようと努力してきたと書く。その方針の裏付けとして、イザヤ書52章15節を引用している。
  • キリストの福音を伝える働きを人は召されて担うが、キリストが彼を通して働かれるのである。それゆえ、自分の働きを誇るとしてもそれは自分の力を誇るのではなく、キリストが働いてくれたことを誇るのである。あるいはキリストを宣べ伝える働きそのものを誇ることもできる。貴い働きを担わされることが光栄なのである。
  • キリストはパウロの言葉と行いを通して、また奇跡の力、神の霊の力によって働いた。現代の私たちの場合、主として説教をすることにおいてキリストの働きを期待する。あるいは聖霊の働きを期待する。癒やしなどの奇跡を中心的な働きにはしない。

(聖書に聞く)

☆神はいかなる方か
  • <御父>パウロにキリストを宣べ伝える使命を与える。パウロはそれを恵みと受けとめる。
  • <御子>パウロを通して働く方。福音を宣べ伝えるものを通して働く方。
☆神が私たちに求める生き方
  • <勧め>キリストが自分を通して働かれるように祈り、期待する。
  • <勧め>神のために働くことを誇りとする。光栄な働きであり、またキリストが自分を通して働いてくださる。

(神の導き)

☆祈り
  • 天の父なる神さま、パウロは、あなたから恵みを受け、福音を宣べ伝える働きをしてきました。あなたのために働くことを誇りとしていると書いています。キリストがパウロの言葉と行いを通して働いてくださったのですから、大きな喜びを感じたことと思います。
  • 私も恵みを与えられ牧師としての働き、福音宣教の働きをすることができたことを感謝します。このことを誇りに思うというのは正直な実感ではありません。若い日、むなしさの中にあった私を信仰に導き、キリストを宣べ伝える働きへと召されたことを感謝する思いの方が強いです。若き日の悩みを救ってくださったあなたをたたえます。そして私は福音宣教の人生を送ってきました。このような人生を送ることができたこと感謝です。これは自分で選び取ったことではなく、あなたから与えられたものです。伝道者の人生をあなたの贈り物と考えることができます。そして人生を終えて、あなたのもとに帰るのであれば、私の人生はあなたの贈り物と考えることができます。このことについては、もう少し思いめぐらしてみたいと思います。
  • 天の父、福音宣教の働きに仕えましたが、私はパウロのように、キリストが私の言葉と行いを通して働いてくださったと言うことにためらいを覚えます。キリストの働きの跡を見ることができないからです。私に見る目がないのかもしれません。洗礼を受けた人は数えるほどしかいません。教会員の信仰を励ますことができたかもしれませんが、成果というかたちでそれを認識することはできません。でも受洗者がいたことは確かなので、キリストが働いてくださったことは信じます。
  • 目を外に向けると、この国では、福音宣教が難しい状況にあります。キリストが説教者の言葉と行いを通して働いてくださるように切に願います。
☆与えられた導き
  • 自分の人生を神の贈り物と考える
  • キリストが説教者の言葉と行いを通して働いてくださるように祈る。

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