2018n年3月22日
(内容)
- 12歳になった時、少年イエスは両親と一緒にエルサレムに行ったこと、少年イエスは神殿の境内で学者たちの話を聞いたり、質問をしたりしていたことが書かれています。
(聖書に聞く)
☆神はいかなる方か
- (御子)49節。少年イエスは、神を自分の父と呼び、自分が神との密接な関わりにあることを認識していました。どうしてそのような意識を持つようになったのかは分かりませんが、ご自分が何者なのかをご存じでした。少年イエスは「わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを知らなかったのですか」と答えています。
(黙想)
- 少年イエスは神のことを父と呼びました。「わたしの父」と呼びました。自分は神の子との意識を持っていました。
- また彼は、他の子どもと同じように成長する人間でした。父なる神の教えにおいて成長すべく、学者たちと討論を行い、学びを深めていました。成長する努力は子どもにとって当然かもしれません。
- 私たちもまた神の子とされ、神を天の父と呼びます。神の子としてのアイデンティティーを確かにし、成長していきたいと願います。年老いた者としては、天に召され父なる神と会うことを楽しみにするとの課題があります。父なる神を慕う気持ちがもっと大きくなることを願います。
(神の導き)
☆祈り
- 天の父、イエス様が12歳の時、あなたをわが父と呼びました。私もまた信仰を得て、あなたを父と呼び、あなたの子とされていると信じています。神の子というアイデンティティーを私は大切にして生きてきました。今日あらためて自分があなたを天の父とする者であることを覚えました。
- 年老いた今、天の父であるあなたとの出会いを大きな楽しみにしたいと思います。あなたを慕い求める思いをふくらませたいと願います。今朝、読んだみ言葉があります。「渇いている者には、命の水の泉から価なしに飲ませよう」(ヨハネ黙示録21章6節)。ここには究極のいやしがあります。
- 私はかつて生きることの空しさからっ解放されることを願い、生きる意味、生き甲斐に飢え渇いていました。また聖霊に満たされることへの渇きもありました。あなたはいずれの渇きも癒やしてくださいました。そして今、あなたと共に歩む平安と幸いに満たされています。感謝です。
- 今度は天にいますあなたのもとで、あなたの前に立つ時の幸いを意識して、あなたの前に立つ幸いを求めます。今日は、ヨハネ黙示録の最後の部分を通読してみたいと思いました。あなたのみ国に思いを向けたく思いました。
☆与えられた導き
- 黙示録19~22章を読み、神の国に思いを寄せる。