ローマ 14章1~12節 主のために生きる

2026年2月3日

(内容)

  • 自分の兄弟を裁かぬこと。人はそれぞれ主のために生きているのだから、人を裁かぬこと。私たちは神の裁きの前に立つので他者を裁かぬこと。

(黙想)

  • 人は他者を裁きがちである。人は他者を裁いて優越感を感じたり、自分に自信を持ち、また自分を誇る。
  • キリスト者である私たちは生きるのも主のため、死ぬのも主のためであり、私たちは主のものである。他のキリスト者も同じである。他者を裁く必要はない。裁くなら、自分のために生きていることになる。
  • 年を重ね信仰生活を長く送ってきた。ディボーションをする中で、人を裁くことはしなくなった。これは感謝なことである。
  • 自分は主のために生き、主のために死ぬ。そして自分は主のものである。イエス・キリストは私の主であり、私は主に仕える者、主に従う者である。私と主の関係は、私の死をもって終わらない。「だれがキリストの愛からわたしたちを引き離すことができましょう」(ローマ 8:35)。神の愛から、私たちを引き離すものはなにもない。
  • 主のために生きるという点で、足りない点はないだろうか。新聞でニュースを読むとき、人間の罪の結果と思えることがいくらもある。そしてそこには苦しんでいる人がいる。自分は恵まれていても、つらく苦しい思いで生きている人のことを覚え続けていきたいと思う。具体的には祈りに覚えたいと思う。祈りのノートに祈りの課題として加え、祈って生きたいと思う。

(聖書に聞く)

☆神はいかなる方か
  • <御子>キリストが死に、生きているのは、すべての人の主となるためである。
☆神が私たちに求める生き方
  • <警告>信仰の弱い人を裁くことをしない。
  • <教え>私たちは主のものであり、主のために生き、主のために死ぬ。

(神の導き)

☆祈り
  • 天の父なる神、主のものとして、主のために生きる者として、今の自分に足りないものは何かと思いめぐらしました。
  • 今の世界は、人間の罪が露骨に示されている現状があり、苦しんでいる人が多くいることを思います。苦しんでいる人たちを覚えて祈ります。またすべての権威は神に由来し、権力者の権威は神に仕えるためにあります。権力者が自分を誇示したり、自分の思い通りに物事を進めるためにするために、権威を与えられているのではありません。
  • 苦しんでいる人を覚えて、また権力を持つものが神に仕えるためにそれを用いるように、それができない場合は、権力の座から退くように、祈りたいと思います。祈りのノートに祈りの課題を追加するようにします。
☆与えられた導き
  • 祈る課題を覚え、祈りのノートに書く。

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