2026年2月24日
(内容)
- キリストはユダヤ人と異邦人を救う神の真実を現された。
(黙想)
- 7節。「キリストがあなたがたを受け入れたように、あなたがたも互いに受け入れなさい」はこれまで述べてきたことの結論、まとめと言うことができる。信仰の弱い者を受け入れる、互いに裁かない、互いの向上に努める、これらは私たちを受け入れてくださるキリストの行為に倣う行為である。キリストに倣うゆえ、神の栄光を現すことになる。
- 「キリストがあなたがたを受け入れてくださった」とは、具体的に何を言っているのか。罪を犯してきた私たちを信仰のゆえに義とし、私たちをキリストとの信仰の交わりに受け入れてくださると言うことか。
- 8節。「わたしは言う」と書き新しい段落が始まっていると受け止める。あるいは、7節の「キリストがあなたがたを受け入れてくださった」ことの説明として8節以下があるのかもしれない。
- 8節は、キリストの行動について書いているが、抽象的というか、何を指しているのか、わかりにくい。キリストは神の真実を現すために、割礼のある者たち(ユダヤ人、イスラエルの民)に仕える者となった。イエスは、メシアとしてイスラエルの民を救うために世に現れた。キリストが世に現れたのは、神の真実を現すためであり、ユダヤ人(イスラエル)に仕えるためであった。
- キリストは先祖たちに対する約束を確証するためとある。その約束とは何か。約束と訳されたギリシャ語は、複数形である。約束を確証するためとあるから、その約束はこれから実現する約束なのか、キリストの到来において実現した約束なのか。結果として異邦人が信仰を得て神をほめたたえるようになると言われる。
- キリストは約束されたメシアとしておいでになり、福音は、異邦人にも宣べ伝えられたということか。異邦人たちも福音を聞いて救われ、主をたたえる者とされたということか。
- 13節は祝福の祈りであり、礼拝の最後の祝祷に相当する祈りである。聖霊の力によって希望に満ちあふれるようにとの願い。希望に満ちあふれるのは聖霊の力による。私たちは自分の力、自分の信念で希望の立ち、満ちあふれることはできない。聖霊の力が、希望に満ちあふれさせてくださる。
(聖書に聞く)
☆神はいかなる方か
- <御子>キリストは私たちを受け入れてくださり、私たちが互いを受け入れ合うことも模範となられた。
- <御子>メシアとしての働きを行い、ユダヤ人(イスラエル)、異邦人を救いに導いたお方。
☆神が私たちに求める生き方
- <勧め>互いに相手を受け入れ合うこと。
- <勧め>キリストを模範として、互いに受け入れ合うこと。
- <教え>キリストに倣うことは神の栄光を現すことになる。
- <教え>聖霊の力によって、私たちは希望に満ちあふれる。
(神の導き)
☆祈り
- 天の父なる神さま、今日もディボーションをすることができ感謝です。年を重ね、牧師としての働きからも引退し、他者と関わることが少なくなりました。老いの身としては、希望は課題です。死を越える希望を抱くことは大切な課題です。聖霊の力が希望を満ちあふれさせるとありました。
- 聖書から教えられる希望が自分の内にしっかりと根付くために、聖霊の助け、導きを求めます。
☆与えられた導き
- 聖霊の助けを祈り求めて、死を越える希望を確かなものとする。
~~~~~~~~~~~~~
ブログで死を越える希望について何を書いたのか確認する。