マタイ 12章22~32節 神の御支配を信じる

2025年1月28日

(内容)

  • 悪霊を追い出すイエスをファリサイ派の人々は悪霊の頭(かしら)によって悪霊を追い出していると非難した。イエスは神の霊によって追い出していると反論し、神の国はあなたたちの所に来ていると告げる。

(黙想)

  • ベルゼブル論争とタイトルがついている。この段落には、イエスが悪霊を追い出したことに関わる記述、聖霊に対する冒とくは赦されないという記述、イエスに味方しない者は、イエスに敵対するとの記述がある。
  • イエスは悪霊に憑かれて苦しんでいる人から悪霊を追い出した。これを見たファリサイ派の人々は、「イエスはベルゼブルの力によらなければ、悪霊を追い出すことはできない」と語り、イエスがベルゼブルの力を借りて悪霊を追い出したと非難している。ベルゼブルは、「悪霊の頭(かしら)」の意味である。
  • イエスは二つの理由でもって反論する。第一の理由は、どんな国でも内輪で争えば、成り立っていかない。イエスが悪霊の頭を使ったとするなら、悪霊の世界は成り立っていかない。第二の理由は、ファリサイ派の仲間が悪霊を追い出しているが、それは何の力で追い出しているのかと問い、悪霊の頭の力を利用していないと言えるのか、と逆に問い詰めている。
  • イエスは神の霊で悪霊を追い出しており、このことは神の国があなた方の所に来ていることを意味していると語る。
  • そしてイエスに味方しない者はイエスに敵対していること、聖霊を冒とくする者はこの世でも後の世でも赦されないと語る。イエスは神の霊、つまり聖霊によって悪霊を追い出しているのであり、イエスを批判することは聖霊を侮辱することになり、赦されない罪を犯すことになると警告している。
  • イエスは宣教の開始するにあたり、「悔い改めよ、天の国は近づいた」(4:17)と語り、御国の福音を宣べ伝えた(4:23)。病人のいやし、悪霊の追い出しは、天の国が近づいたことのしるしである。
  • イエスは御国の福音を宣べ伝えた。神の御支配があることを伝えた。そして悔い改めて神の御支配の中に生きるように勧めた。しかしファリサイ派の人々は、イエスの働きを否定し、御国の福音を信じようとしない。
  • 聖書を読むキリスト者は、あらためて神の御支配の中を生きているのかどうか問われる。人は自分の思いに従って生きようとする。それは神の御支配に生きることと一致しない。神の御支配に生きるとは、神の御心に従って生きることである。悔い改めるとは、自分の思いに従って生きることをやめ、神の御心に従って生きるように生き方を変えることである。キリスト者とは、このように悔い改めた人のことを言う。
  • そして僕も、神の御心に従うように努力しているし、自分の思いに従うことには気をつけている。そして今日、この聖書を読んだ。自分の思いに従い、み心に従うことをおろそかにしていることはないかとの神の語りかけを聞く。
  • 神の御支配を信じるという点で、自分の課題は、終末の事柄を信じることである。終末のことを信じるには、それを自分の事柄として受けとめなければ、信じることはできない。
    • ①聖書が語る救いは、終末における神の裁きにおける救いである。
    • ②神の国に迎えられる喜びとは、神を見る喜び、神の栄光を仰ぐ喜びであり、
    • ③自分自身が神の子の似姿に変えられる栄光を喜ぶことでみえることが大切である。このことが少しずつできていることを感謝すると同時に、さらに我がこととして考えることができるように導きを祈ろう。このような救い、喜びは、神の恵みによることであり、この恵みの中に自分は生きていることを確認し、喜ぼう。

(聖書に聞く)

☆神はいかなる方か
  • <御子>御子は、御国の福音を伝えた。
☆神が私たちに求める生き方
  • <勧め>イエスは奇跡を行い、神の国、天の国が今、ここにあること、そして神の御支配に生きるように勧めた。

(神の導き)

☆祈り
  • 天の父なる神さま、今日は神の御支配を信じるかと問われました。今の私にとって神の御支配を信じるとは、終末の事柄を信じることです。終末の事柄を我がこととして考えるように教えられました。
  • 聖書が語る救いは最終的には、終末における神の裁きにおける救いです。この救いについて黙想をしてみたいと思いました。我がこととして考え黙想します。導いてください。
☆与えられた導き
  • 最後の審判における救いについて黙想する。

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