2025年2月5日
(内容)
- よい木はよい実を結び、悪い木は悪い実を結ぶといえすはかたり、自分を批判する者に警告した。
(黙想)
- この箇所のイエスの言葉はイエスに敵対する人たちに向けての言葉である。よい木はよい実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ。悪い心から悪い言葉が出てくるとイエスは語る。そしてマムシの子らよ、と批判する。
- イエスははっきりと批判する。「あなたがたは悪い人間であるのに、どうしてよいことが言えようか」。そして「人は自分の話したつまらない言葉についても、裁きの日には責任を問われる」。
- 人は何を話すのか、気をつけなければならない。特にイエスに向かってどのような言葉を語るのか気をつけなければならない。
- キリスト者としてこの段落をどう読んだらいいのだろうか。よい木はよい実を結ぶ、悪い木は悪い実を結ぶ。これは一つの真理として受けとめることができる。そしてその真理に基づいて考えると、イエスを批判したファリサイ派の人々は悪い木であり、悪い実を結んでおり、イエスに対してひどい言葉を投げつけている。キリスト者は罪を悔い改め、洗礼を受けてキリスト者になった。キリスト者はよい木である。
- イエスは裁きの日に言及している。これは真剣に受けとめるべきである。罪からの救いは、裁きの日に完成するからである。キリスト者は、よい実を結んで歩むことが期待されている。
(聖書に聞く)
☆神はいかなる方か
- <御子>終わりの日の裁きに言及する方
- <御子>ファリサイ派の人たちをはっきりと批判する方
☆神が私たちに求める生き方
- <教え>よい木はよい実を結び、悪い木は悪い実を結ぶ
- <約束>キリスト者はよい木である。
- <警告>裁きの日には自分が話したつまらない言葉に対しても裁きが行われる。
(神の導き)
☆祈り
- 天の父なる神、今日も聖書を思いめぐらすことができ感謝です。よい木と悪い木についての教えがありました。私たち人間には、よい木の部分も悪い木の部分もあります。キリスト者としては、罪に勝利し、悪い木の部分をそぎ落とし、よい木になることを目指します。自分なりに目指して歩んできたように思います。
- 裁きの日には自分が話したつまらない言葉についても責任が問われるとありました。自分が話したつまらない言葉はありますが、悔い改めました。もし気づかずに、人を傷つけるようなつまらない言葉を話していたとしたら思い出させてください。教えて下さい。
- 裁きの日のあることは聖書から教えられています。以前は、最後の裁きなんて、信じられないという思いがありました。信じられなくても、聖書が教えていることですからこれを軽んじることはしませんでした。最後の裁きがあると考えて、神を畏れ信仰者としての歩みは続けてきました。
- 今日は、私の人生を導いてくださった神さまに感謝を献げます。『今日まで守られ』を歌い、感謝の祈りを染ます。
☆与えられた導き
- 神を賛美し、感謝の祈りをささげる